つまづいて転んで、見えた景色
目次
癒しの日々へのシフト
年始からの体調不良は、思いがけず長引いていました。
こんなはずでは……の思いと
もう休ませて……の思いがぐちゃぐちゃに絡まっていたと思います。
「休ませて欲しい」
「休みたい」
なんて、自分から言うわけにはいかない。
そう思いながらも、結局は
かかっていた心療内科のDr.に診断書を書いてもらいました。
7月半ば・・・
仕事をしばらく休むことにになってしまいました。
そう決まった日、脱落者になってしまったような気持ちでした。
でも
よっしゃ! 休める と思ったのも事実です。
その後、数日の間に、心配した職場の仲間からラインや電話をもらいました。
ご無沙汰している親友とも、久しぶりに電話で話し、元気をもらいました。
たまたま、珍しく連絡がきた長男にも状況や気持ちを吐露しました。
みんな、みんな優しかったです。
「今は休んでいいんじゃない?余裕を持つのは大事だよ。出会ってからずっと怒涛のような活動をしてきたやん。一旦止まれば?」
と言ってくれたのは、親友のふみさん。
「楽しめることで生活を、時間を埋め尽くしましょう。」
と言ってくれたのは、長男。
心を病んでいる可能性もあったからでしょう。
転んで見えた風景
休み始めて数日は、半同棲中のパートナーにも、
ちょっとぼんやり過ごす時間も作った方がいいぞ
と言われ、ゆっくり過ごすことにしました。
実際、体調が悪く、使い物にならないという状態でした。
そのうち、どうにか原因みたいなものを理解して、
自分の心の中に落とし前をつけたい気持ちが芽生え、
職場で一番近くで関わった方の人格分析をしてみたりもしてしまいました。
でも
人のせいにしても、何も事態は変わらないし、
他人の行動も思いも他人のものです。
自分がどうこうできるものではありません。
昔読んだ、自己啓発本や心を震わせた本を引っ張り出して読み返してみたりもしました。
自分の人生なんだから、自分に心地よく、自分に優しく。
そうだね……
キャリアや実績なんかない生き方でもいい。
そうだね……
誰かに見せるものでも、誰かを感動させるものでもない、
自分がいいと思う、自分がしたいと思うことを選んで生きることにしよう。
でも、一体、私にとって、楽しいことってなんだろう、本気になれることって何だろう。
わかりません。
どうなりたいんだろう。
その時、捻り出した答えは、
緑に囲まれた場所で、他人と関わらないでダーリンと一緒に穏やかに暮らしたい。
・・・・・
厄払い~
親友のふみさんは、私より6歳も年下ですが、いつもふみさんの言うことは私にとっては絶対的です。
そのふみさんが、厄払いにお参りに行っておいでと言うので、
ダーリンのお休みの日、門戸厄神さんに連れて行ってもらいました。
初詣や厄除大祭の時はものすごく人が集まるそうですが、訪れた時はそうでもなかったです。
住宅街の細い道を上り、駐車場からもう少し坂を上って、四国八十八か所巡りができるというちょっとした庭園に立ち寄りました。
まだ、歩く時はふらつきがあり、砂利道に足を取られそうになりながら、そして汗だくになりながらお参りさせていただきました。
有名な大きなお寺なので、説明はコチラで。
いろんな案内やコメントを探しても、あんまり出てこないんですが、厄神堂の真裏が奥の院らしく、その横に不動明王の滝がありました。
私的にはそこが一番のパワースポットでした。
今にして思えば、これを機に、少し体調は上向き、いろんなことを少しやってみようかと思えるようになったと思います。
仕事には、相変わらず復帰したいとは思えませんでしたが。。。
余談ですが・・・
今年の初めに西宮神社にお詣りに行ったんです。あのえべっさんで有名な神社です。
初詣ではなかったんですが、おみくじを引いたら、
まさかの凶。
しかも、病気については、長引く。病院を選べ
みたいなことが書かれていました。
すでに体調に違和感を感じていた時期だったので、ボディブローを食らった気分でした。
体調が悪いまま、騙し騙し働いて、病院ジプシーになったり、あの手この手を試みる中、
そうだ、リベンジ!と思い立ち、
西宮神社に再度詣でてみることにしました。
お詣りをし、おみくじを・・・
前と同じ19番の凶でした。こんなことある?!
余談でした。
そういえば・・・
いつか、仕事からリタイヤしたら、やってみたいことが漠然とありました。
書道です。
ちゃんと習ったことはないんです。
でも、父は書道の師範の有資格者でした。
私は、早くから字を覚えさせられたのですが、見て覚えたせいか、書き順が滅茶苦茶だったこともあり、幼少期は大層、字が下手でした。
字が下手なことが、すごく嫌だったし、お友達は書道教室に通っていたので、
両親には、習いたいと何度もお願いしてみましたが、ダメでした。
もちろん、何度も父に習おうとしましたが、我が子には冷静になれん!とかで、
基礎の基礎の段階で、ひどく怒られ、機嫌を損ね、さじを投げられてしまう始末。
なので、自分で一生懸命にきれいに書くことを意識していたとは思います。
中学生くらいになると、丸文字というのが流行りだし、そういう字体でごまかせましたね。
私は、数学がからっきしダメでしたが、国語は大した勉強をしなくても、そこそこできました。
そんなに学びたい気持ちはありませんでしたが、行かなきゃいけないらしい大学の国文学部に進学しました。
大学では、教職員過程の必須科目に書道がありました。
単位取得に必要な提出の際は、有段者の友人の書損じをもらって、提出していました。
そんな私が卒業後には、国語の授業をしなければならなくなってしまったもんだから、
さあ大変。
板書はもちろん、書道の時間もあります。
自分なりに研究したんでしょうね、どうすれば上手く見えるのか・・・
先生2年目に、書道部の顧問の先生でした(笑)
行事の看板や賞状も書いていましたし、競書会の審査員もしました。
お父さんに似たのねぇと周囲の人に言われましたが、そういうのって似るもんかね???
結婚後、無資格じゃ、何の意味も持たないからと、
子育ての傍ら、とりあえずで、通信教育の賞状書士の資格は取得しました。
でも、ちゃんと習っていないので、ずっとコンプレックスです。
今でもです。
書との縁
書く機会は、しばしばめぐってきていました。
介護のお仕事に就いていた時は、ご利用者様のお誕生日やお祝いに、色を添えることができました。
敬老の日の集い用
卒寿・米寿を迎えられたご夫妻に
お誕生日のお祝い
施設玄関に年始のご挨拶用のポスター
こんな感じです。
あとは、誰かの異動や退職の時のメッセージとしてとか、
書く機会はありました。
今、俗にいうピンチはチャンス???
自分に作れる作品を作って、アウトプットするための
手段も場所も方法もネットの中に一杯存在していました。
自分の中の有り様を
何らかの形でアウトプットする
そんな自分の満たせ方もあるんだな……
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