憧れを手に入れること
目次
10年前の憧れ
10年くらい前
私はまだ結婚もしていたし
子育てもしていて
遠い目で
いつか一人暮らしをしてみたい
と思うようになっていました。
結婚した当初は
舅や義姉とも同居で
若かった私は
自分をさらけ出せずに
息を詰まらせて生きていました。
自分がきっちりと片付けた後に
出かけても
帰ってきて
そのままの状態であることはありません。
家族が多いというのは
そういうことです。
その後
舅や義姉との暮らしから
脱却しても
やっぱり
いつしか
新たなストレスに蝕まれ続けた日々でした。
一人暮らしへの妄想
自分好みの家具や小物に囲まれた
自分だけのお城って
どんなに素敵だろう
と思い始めました。
自分の感性でディスプレイした小物が
勝手に移動することがないなら
きっと
雑誌に出てくるような
おしゃれな空間が
日常として手に入るし
読みかけの雑誌や
お気に入りのサイトを
パーンと広げたままでも
覗かれることもなければ
勝手にどうにかされることもない。
お風呂の前後に
全裸でウロウロしようと
有らぬ姿でお昼寝しようと
誰かに見られたり
とやかく言われることがない
実際に
そんな風に暮らしている人もいるんだ
と気付きました。
そうあの頃……
可愛らしい小物や
ちょっとクセがあるけど
独特の世界観を醸し出してくれる
オブジェを
自分の感性全開で
飾ったとしても
家族の誰かが
何の悪気もなく
邪魔になって向きを変えたり
動かしたり
学校からのお手紙や
いろんな書類なんかを
無作為にポンと投げ置いて
ちょっと癒されていた小物が
家具の後ろに落っこちてしまって
こっちも忙しいもんだから
ちょっと癒されることなく
その存在を忘れ去ってしまって
・・・・・・・・
不毛なおしゃれ空間への憧れは
積もるばかりの毎日でした。
自分が散らかすまで
自分の片づけた状態をキープできる
そんな日々に
憧れを募らせていきました。
大容量の洗濯機を回し
餌づくりのような調理に
費やす時間が無くなることは
異次元過ぎる世界でした。
誰にも気兼ねなく
友人を招いたり
何時に出かけようと
何時に帰ろうと
誰にも何も思われないから
何も気にしなくていいって
どんな解放感なんだろうと
思っていました。
どこかで家族の存在も
疎ましく思ってしまうほど
心が疲弊しきっていた毎日でしたが
長男が魔法をかけてくれたことがありました。
おしゃれな雑誌に出てくるような部屋とは
とてつもなくかけ離れた
生活感満載の居間には
お互いが知れるように
各自予定を書き入れる
カレンダーを掛けていました。
ある日のこと
長男がカレンダーに
「意味はないけど……」
と言いながら
『素敵な日』
と書いていました。
「なんじゃそりゃ」
と言いながら
家事にかまけて受け流していましたが
『素敵な日』と書かれた日の朝
カレンダーを見て
何かを期待するでもなく
ただつぶやいて
ほほえんで
ほっこりしました。
手に入れた憧れ
あれから10年。
きっちり私は夢をかなえて
一人暮らしを手に入れています。
自分のお気に入りを
ディスプレイする日々に慣れ
動かさないゆえに
埃が積もることに気づき
撤去してしまいました。
結局は
自分が片付けなければならないので
雑誌を広げっぱなしに
することもないです。
誰も見ていなくても
全裸でウロウロするのは気が引けますし
お昼寝すると
夜に眠れなくなってしまう状態になりました。
一人で暮らすためには
一人で生計を立てなければならないので
そうそう頻繁には
友人を招くことはないですし
遅くまで出かけることもありません。
今の日常は
あの頃それはそれは本当に
欲しくて欲しくてたまらない日常で
あの頃描いたものとは
随分と違ってきたけれど
とても心地よい日常です。
ただ
あの頃
長男がかけてくれたような魔法は
今は自分でかけるしかありません。
これからの日
今の日常にも慣れてきて
少しずつ重ねる老いに
一人暮らしの解消を考えることもあります。
捨てがたい自由と開放感
を手放して
安心と合理性を優先する暮らし
を得ることを選ぶか……
誰かと暮らすこと
一人で暮らすこと
遠い目をしていては
見落とす幸せがあることを
肝に銘じて。
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